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恐怖を感じる警察の見解発表(長官狙撃事件について)

2010.03.31 Wed

警察庁長官狙撃
「オウムのテロ」
会見で警視庁公安部長


国松孝次・警察庁長官(当時)が狙撃された殺人未遂事件の公訴時効(15年)が成立した30日、警視庁の青木五郎公安部長は会見し「オウム真理教の信者グループが松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚の意思の下、組織的・計画的に敢行したテロと認めた」と発表した。その上で「犯人に法の裁きを受けさせることなく時効を迎えたことは誠に残念」と述べた。警視庁が時効事件で所見を示すのは初めて。南千住署捜査本部は30日午後、容疑者不詳で東京地検に書類を送付し捜査を終結した。

青木部長は会見の冒頭、「私どもの力が及ばなかったことに尽きる。謙虚に反省し、今後の糧にしなければならない」とメモを読み上げた。

警視庁は会見で、A4用紙16枚の捜査結果概要を公表。「オウム真理教による組織テロと認めた」としながらも、「グループを構成する個人全員の特定、各個人の果たした具体的な役割の特定には至らなかった」とした。

概要では教団幹部ら8人をアルファベットで記載し捜査結果を評価したが、「可能性が高い」「推認される」などあいまいな表現で関与を指摘した。報道陣からは「あいまいな根拠で犯行グループと断定し、公表するのは人権侵害にあたるのではないか」との質問が相次いだ。青木部長は「15年間、48万人を投じた捜査について国民に説明する必要があると考えた。オウムによるテロの悲劇を二度と繰り返さないことが大事で、人権にも配慮して公益性の観点から判断した」と述べた。

捜査を主導した公安部と刑事部との間で連携不足があったのではとの指摘に対しては「発生当初から刑事部も多数(の捜査員)が入り、一体となって捜査した。総力を挙げて全力で捜査した」と述べ否定。教団による事件と決めつけた捜査だったとの批判については「特定の見立てや構図によってなすべき捜査がなされなかったことはないと確信している」と語った。

大阪市で01年に起きた現金輸送車襲撃事件などで無期懲役が確定し、毎日新聞などに「狙撃事件を実行した」と主張する男(79)の関与については、「捜査結果と矛盾する点が多数あった」として「事件とは関係ないと判断した」と述べた。

捜査結果概要は31日から1カ月、警視庁のホームページに掲載される。

(毎日新聞 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100330-00000006-maip-soci


ここより個人的感想


今回の記者会見及び警察の対応にかなりの恐怖を感じる。現在の警察・検察の体質を如実に表した対応に感じたからだ。

問題だと感じた点はただ一つ、捜査上立件に至らなかった犯人について、警察が勝手に言及している点だ。「オウム」なんだからと思われるかたもいらっしゃるかとは思うが、軽々しく法律に基づかない見解を捜査機関である警察が述べることに大きな問題がある。今回の事件、オウムの一連の犯行(テロ)の一つだという認識は、あくまでも捜査をした警察の見解に過ぎない。何しろオウムがやった証拠があるのであれば、この事件は時効を迎え、今回のような結末を迎える事は無かった筈だからだ。

もちろん、日本で未曾有の犯罪を数々引き起こしてきたオウム真理教を許すことは出来ない。しかし、だからと言って公的な捜査機関が証拠も無しに法的な立証が出来なかった事案に対して、断定的な見解を述べることが適切であるかといえば、明らかに不適切であると言える。オウムに対する感情と法的な根拠に則って行われる捜査はあくまでも切り離して考えるのが、法治国家としての在り方であろう。

今回、容疑があるとされているのが「オウム」なのでピンと来ない方もいるかと思うが、、仮にもしこれが「自分」や「自分の家族」、「親しい人」だとしたらどうだろうか?いわれの無い罪、証拠も無い罪で追い回され、何も証拠が出なかったのに、警察に「立証出来なかったが、あいつが犯人に間違いない」と言われたら・・・。はっきり言って「警察に睨まれたら終わり」という警察至上主義の世の中になり、警察はやりたい放題になるだろう。警察のご気分一つで、人の人生などどうにでも出来るという事がまかり通る世の中になってしまう。それは警察による恐怖政治以外の何者でもない。罪刑法定主義に則る法治国家としてあってはならないことなのである。

異例の発表を行った経緯は何であろうか?警察が自分達の保身や見栄、プライドの為に「国民の知る権利」を笠に着て見解を述べたのだとしたら、とんでもない事だ。本当に知る権利に配慮しているのであれば、警察や検察の記者会見をとっくにフルオープンにし、国民に公開しているはず。記者クラブとお仲良しなんてしている筈は無い。詭弁は止めて欲しい。中井大臣がプライベートな問題でバッシングを受けているのも警察に関連した人事や制度に手を突っ込もうとしているからだ。民主党政権は毅然と警察改革や検察改革を含む司法制度改革を推し進めなければならない。

今回の件、先の小沢民主党幹事長やその秘書らに対する捜査や裁判での検察の対応にも通じるところがある。検察のリークである検察の見解がそれを隠して報道され、検察は正義であるという誤った世論誘導の上、捜査が行われ、尚且つ小沢氏が不起訴になってもなお犯罪者扱いを止めない。大久保氏の裁判では「天の声」というあきれるような妄想を展開し、検察側証人からも裁判の肝であるダミー団体説を否定される有様。また、小沢氏本人に対してもそうだし小林議員の北教組の件でも、逮捕拘束したうち二人を不起訴にしてしまう失態。しかも、嫌疑不十分という負け惜しみまで付け加える往生際の悪さ。それをさも犯罪者であるかのように報道する日本の腐りきった大手メディア。刑罰が確定するまでは無罪であるという罪刑法定主義は何処に行ってしまったのだろうか?日本の犯罪捜査は「推定無罪」で行われるべきということを忘れてしまったのではないだろうか?

私達有権者の認識もキチンと改めなければいけない。ここをご覧の方の多くは大手メディアをあまり信用していない方が多いと思うが、大手メディアは所詮、公平なものでもなければ平等なものでもない。お金や情報をくれる人に尻尾を振るだけのものだと思っていたほうがよい。自分に信頼できる情報はマスメディアが選別するのではなく、各々ご自身で選別する時代になったのではないでしょうか?その為にネットが発達しツイッターが出来、昔では知る事すら出来なかった情報を得ることが出来るようになった。我々は恵まれた時代に居ます。故に出来る事があります。

検察・警察の体質は悪化の一途を辿っていると言える。これをキチンと監視し、法治国家の在るべき姿を保つ事が、日本の将来の為に不可欠なのではないだろうか。警察・検察は妄想のような筋書き作文を作ることだけに没頭せず、冷静に事実に基づいた捜査と法に基づいた対応をすべきだ。このような歪な体質が、多くの冤罪を生んでいる温床であることを早急に認識するべきだ。


今回の長官狙撃の件、ふとある仮説が頭をよぎった。以下の話はあくまでも私自身の空想です。
実行犯とされる方は確か警官であるという話を聞いたことがある。実は警察は、この実行犯が警官だったので、敢えて時効成立まで捜査を進めず身内が長官を撃ったという事実を隠す事にしたというのなら・・・。これは更に悪質な話になる。そうでないことを切に願いたい。





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テーマ:検察・警察の腐敗 - ジャンル:政治・経済

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